「ある世捨て人の物語: 誰にも知られず森で27年間暮らした男」を読んだ感想。

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ある世捨て人の物語

自ら森へ入り一人で生きていた男の物語。ノンフィクションだけど、あくまで近しかった著者目線での語り。

なぜなら「彼」が自分を語ることはないから。彼がソレを望んでいない上に、彼の望みを私たちが考えることすら彼は望んでいない。

彼はただ一人で生きたかった。

名前を捨て、"年"もいらない、過去を残さない、夢も持たない。今、その時を一人でただ過ごすことを望んでいたように見える。27年もの間ずっと、深い森の中で。

彼が何を考えているのか知るには、彼に最も近しいと思われる著者から、その会話から、イメージを何らかの枠にはめて私たちなりに肉付けするほかない。

この本には、彼を知るための哲学が詰まっていた。濃厚で、現実的にとうてい自らに置き換えたりできない、憧れも恐れ多いほどの彼を想像できる。

彼はまともではないのか?

厳しい環境である森の中、27年間も一人で過ごした彼はまともではないのか?

「まとも」という物差しが、「社会に生きる人の多く」だと定義すると、彼はその道から大きく外れていた。しかも多くの人からして彼の行動の意味が分からない。それはまともな人にとって恐怖になる。

しかし、彼は読書が好きで、一般の人よりも素直に罪を受け入れ、えらく直接的な物言いだけど、スジを通す人、芯のある人だ。そしてずっと森にいたのにまともな人より清潔だった。本には、高校の元教師やクラスメートはこぞって、彼の家族はみんな並外れて聡明だったと述べられている。「超知的な一家」だと言う人もいたそうな。

あなたの物差しは?

僕が思うのは、彼に欠けていたのは「帰属意識」だけのように見える。社会的役割をもうけ、達成のため努力する意識が他の人よりゼロに近かった。だから究極に人の社会から抜け出そうとした、生きるために。

まともな人より多くの能力が突出していても、一つが欠けていたら、まともな人からすれば恐怖になる。

この本を読むことで、多数から外れる「まとも」という物差しを考えてしまう。常人ではおよそ耐えられない一人の孤立した生活も、彼からすると、この濁ったまともではない世界にいられなかっただけ。シンプルなのに大多数が理解できないから複雑にしている。彼は人が決めたそういう物差しすべてを受け入れなかった。

彼は道徳を持っていたが、抗えなかった

彼は盗みを働いた。それも1000回以上。その罪によって彼の生活は終わりを迎える。

27年森で暮らすのに唯一彼が抗えなかったのが「餓え」だという。すべての欲を捨てたように見えて、食欲は生きるのに必要だった。

だから、彼なりのポリシーに従って、必要なものを盗んでいた。

正しい道徳とは?

僕からしたら彼は正しい道徳も持っていたように思える。道徳は地域性によって変動があるもので、人が持つ普遍性ではない。共同体にいて成立する物差しに過ぎない(ソース)

彼は両親からの教えに従った正しい道徳を持っていたように見える。だから彼は破らざるを得ない状況の中でもポリシーを貫徹した。罪の意識も正しく持っていたので、法の裁きを誰よりも素直に受け入れた。

こうなると、多くの"まともな人"ができない自分を律する事が簡単にできる彼の方が凄く見えてくる。

もちろん被害を受けた当事者や、結果として子供に恐怖を与えた彼の利己的な行動は許されることではないが、自分がまともだと思っている人ほど実は彼と同じ利己を振りかざしたりしているものだと僕は思う。法に触れてないだけで、少なくとも当事者ではない者が彼を責めることはできない。

究極のゼロ対人関係で生きる

この本を手に取ったのは、究極のゼロ対人間関係で生きている人に興味があったから。彼、クリストファー・ナイトという人物は僕の色眼鏡でみて共感できるところが多いように感じた。少なくとも彼の行動を否定だけするのは、世間のにごりが気にならないほど自信が濁ってしまっているのだと僕は強く発言したい。

彼は極限までに対人関係に弱い人だったというイメージで、それ以外は恐らく本に書かれている通り聡明な人物だと思う。ほんの小さなかけ違いだけで、大多数にとってまとも以上な人になるか、異常な人になるかが判断されるのは怖い。

およそこの世の中で、真に一人で生きるのは不可能に近いと思うし、間違いなく僕にはできない生き方が本には書かれていた。僕の少ない語彙で表現が正解か分からないのだけど、彼をなんだか羨ましい?と思ってしまった。たいへん興味深く、勢いで読み切れる良いノンフィクション本でした。知見を広げる意味でもぜひ読んでみてください。

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